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あの「火花」を抑えて、ベストセラー第一位(八重洲ブックセンター8月30日~9月5日)

18 人中、15人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
ゆったりと流れる時間
投稿者  hiroshiさん
 
・・・略
表題作の「雨の裾」は8編のなかでは最も小説らしい作品である。降りしきる雨を見ながら私は友人の昔の話を聞いた。学生であった友人は、母がガンで倒れたために病院へ見舞いに通った。長雨が続いていた季節であったが、病身とは言え、40代の母に女の艶めかしさを感じるときがあった。その頃肌を合わせたばかりの女が、病院へやってきて先の短くなった主人公の母を献身的に介護し始める。母は息子に女ができたことを知ったことだろう。彼女が献身的に母の世話をすればするほど、女と主人公の心は離れていった。母が息を引き取ると、女は「あなたのことは、後悔しません」と掠れた声で言った。母と息子、男と女、母と女。雨に降り込められた病室において官能が匂い立つ。不条理さえも感じさせる展開と描写は古井氏の独自の世界である。浮かび上がるイメージはしっとりと情感にあふれている。

過ぎ去ったことの記憶を呼び覚ます話が多い。初老期、青年期、少年期、幼年期の間を自由に飛翔して、友人や知人の話が語られる。同じような話が繰り返されることでだんだんと引き込まれてしまう。幼児期の体験として空襲や戦災がよく出てくる。「何かにつけて、戦災に無事だった街にこの自分がいま住んでいるということが、奇妙に思われた」(虫の音寒き)。したがって、前作同様に「老い」や「死」が頻繁に顔を出す。時間の変化や空間の自由な移動は、生と死の間の境界のあいまいさを象徴しているのだろう。作者は自分が生きながらえてきたことの意味を必死に探ろうとしているように、私は感じたのである。豊穣な時間の流れに身を任せた読書体験であった。

 

雨の裾

内 容

病床の母に付き添う男。従う女。死を前に、男と女を結ぶ因果の果て。情愛の芯から匂いたつ官能。表現は極北へ―最新小説集。

 

こんにちは、今日も「いま、レビ!」にお越しくださいまして、ありがとうございます。相変わらず、火花は売れ続けていますね。地方で暮らしていると、東京での本の売れ行きが気になります。そこでいつも参考にしているのが、八重洲ブックセンターのベストセラーです。八重洲ブックセンター8月30日~9月5日では、フィクションのコーナーで「火花」を抑えて堂々の1位でした。

 

レビュアのhiroshiさんは、読書を通じて作家の古井由吉がどんな思いに迫っています。著者 が苦労して作品を生み出しているのを丁寧によみ、それが「豊穣」だったと作者に感謝している点がとても、大人だなと感じました。

 

雨の裾

雨の裾